SDGsとウェルビーイング:自治体の地域目標設定における客観的指標の役割
はじめに:SDGsとウェルビーイング、二つの目標を統合する意義
多くの地方自治体において、持続可能な開発目標(SDGs)の推進と、住民のウェルビーイング(幸福度や生活の質)向上は、政策立案における重要な柱となっています。SDGsは地球規模および地域社会における持続可能性を目指す包括的なフレームワークであり、ウェルビーイングは住民一人ひとりの豊かなくらしを実現することを目指します。この二つの目標は密接に関連しており、相乗効果を生み出す可能性があります。
しかし、SDGsの目標は広範かつ抽象的な側面も持ち合わせており、これを具体的な地域の課題解決や目標設定に落とし込み、その進捗を測定することは容易ではありません。ここで、客観的ウェルビーイング指標が重要な役割を果たします。客観的指標は、特定の社会経済的な状況や環境の状態などを数値データで示すものであり、地域の現状を科学的に把握し、目標設定の根拠を提供し、政策の効果を測定するための具体的なツールとなり得ます。
本記事では、自治体がSDGsの地域目標を設定し推進するプロセスにおいて、客観的ウェルビーイング指標をどのように統合し、活用していくことができるのかを解説します。
SDGsとウェルビーイングの関連性:持続可能な社会と人々の豊かさ
SDGsは「誰一人取り残さない」持続可能な世界の実現を目指す17の目標と169のターゲットから構成されています。これらの目標は、貧困、飢餓、健康、教育、平等、経済成長、環境、平和など、多岐にわたる分野を網羅しています。これらの目標が達成された状態は、突き詰めれば、すべての人々がより質の高い生活を送り、将来にわたって幸福を享受できる状態、すなわちウェルビーイングが高まった状態と捉えることができます。
例えば、SDG目標3「すべての人に健康と福祉を」は、身体的・精神的な健康というウェルビーイングの重要な要素に直結しています。目標4「質の高い教育をみんなに」は、知識や機会の獲得というウェルビーイングの基礎を築きます。目標8「働きがいも経済成長も」は、経済的な安定や社会参加を通じたウェルビーイングに関連します。このように、SDGsの各目標は、様々な側面からウェルビーイングの向上に貢献する内容を含んでいます。
したがって、SDGsの地域目標を設定する際には、「この目標達成は、地域住民のどのようなウェルビーイング向上に貢献するのか?」という視点を持つことが重要です。そして、その貢献度や進捗を具体的に測るために、客観的ウェルビーイング指標が役立ちます。
自治体におけるSDGs地域目標設定と客観的指標の価値
多くの自治体では、国の動きや国際的な潮流を受け、独自のSDGs未来都市計画の策定や、総合計画へのSDGsの反映を進めています。しかし、抽象的なSDGsの目標を、地域の具体的な課題や特性に合わせて翻訳し、効果的な施策に結びつけるプロセスには難しさも伴います。
客観的ウェルビーイング指標は、このプロセスにおいて以下の価値を提供します。
- 現状の正確な把握: 地域の様々な客観的データ(所得水準、健康寿命、学力、犯罪発生率、環境データなど)を収集・分析することで、地域の「今」を数値で客観的に把握できます。これにより、「貧困」や「健康」といったSDGsのテーマが、自分の地域で具体的にどのような状況にあるのかを明らかにできます。
- データに基づいた目標設定: 客観的な現状把握の結果に基づき、達成すべき具体的なターゲット数値を設定する根拠が得られます。「〇年までに、地域の平均所得を〇%向上させる」「健康寿命を〇歳まで延伸する」のように、測定可能な目標を設定することで、関係者間で共通認識を持ちやすくなります。
- 政策効果の測定と進捗管理: 設定した客観的指標を定期的に測定することで、実施している政策がSDGs目標やウェルビーイング向上にどの程度貢献しているのかを定量的に評価できます。計画期間中の進捗状況を把握し、必要に応じて施策の見直しを行うことが可能になります。
- 説明責任の強化: 議会や住民に対して、データに基づいた客観的な情報を提供することで、政策の必要性、目標設定の妥当性、実績などを具体的に説明できます。「なぜこの施策が必要なのか」「この施策によって地域がどう変わったのか」を明確に示すことができ、透明性と信頼性の向上につながります。
SDGs目標達成に貢献する客観的ウェルビーイング指標の例とデータソース
SDGsの各目標に関連する客観的ウェルビーイング指標は多岐にわたります。自治体レベルで比較的データが入手しやすく、活用しやすい指標の例と、考えられるデータソースを以下に示します。
- SDG目標1(貧困をなくそう):
- 指標例: 相対的貧困率(子どもの貧困率など)、生活保護受給率、最低賃金に対する平均所得比率
- データソース: 国勢調査、所得調査、生活保護関係統計、地域経済分析システム(RESAS)など
- SDG目標3(すべての人に健康と福祉を):
- 指標例: 平均寿命、健康寿命、特定健診受診率、高齢者医療費、精神疾患患者数、自殺死亡率
- データソース: 国民生活基礎調査、人口動態統計、地域医療計画関連データ、自治体の健康診査データなど
- SDG目標4(質の高い教育をみんなに):
- 指標例: 小中学校不登校児童生徒数、高校進学率、大学・専門学校進学率、地域住民の学習関連活動参加率
- データソース: 学校基本調査、自治体の教育関連統計、社会教育調査など
- SDG目標8(働きがいも経済成長も):
- 指標例: 有効求人倍率、失業率、正規雇用比率、女性就業率、一人あたり所得、企業の創業・廃業率
- データソース: 雇用関連統計、経済センサス、RESASなど
- SDG目標11(住み続けられるまちづくりを):
- 指標例: 持家比率、持ち家以外の家賃水準、通勤・通学時間、犯罪発生率、交通事故発生件数、公園面積、高齢者の見守り体制カバー率
- データソース: 国勢調査、住宅・土地統計調査、犯罪統計、交通事故統計、都市計画関連データ、自治体の防犯・防災・福祉関連データなど
- SDG目標16(平和と公正をすべての人に):
- 指標例: 自治体への住民からの相談件数(人権、法律など)、住民による行政評価の満足度、NPO/NGOの活動団体数
- データソース: 自治体の相談窓口記録、住民アンケート結果、市民活動団体リストなど
これらの他にも、環境関連(SDGs目標6, 7, 12, 13, 14, 15)など、多くの客観的指標が活用可能です。重要なのは、地域の特性や優先するSDGs目標に合わせ、どの指標が最も現状を適切に反映し、政策効果を測るのに適しているかを見極めることです。
データ収集と既存統計の活用
客観的ウェルビーイング指標の多くは、既存の公的統計や自治体が既に収集・保有しているデータから算出可能です。例えば、国勢調査、各種基幹統計、自治体の内部データ(税情報、住民基本台帳、各種事業の利用者数など)は貴重なデータソースです。
また、自治体によっては独自の調査(例:市民意識調査、高齢者実態調査など)を実施しており、これらに客観的な設問を追加することも有効です。近年では、オープンデータの推進により、外部のデータソース(例:地理空間情報、環境モニタリングデータなど)も活用しやすくなっています。
重要なのは、これらのデータソースを横断的に連携させ、SDGsやウェルビーイングという共通の視点から統合的に分析することです。データの整備状況を確認し、不足している指標については新たなデータ収集方法(例:特定テーマに特化した調査、センシング技術の活用検討など)を検討する必要があります。住民参加型のデータ収集(例:地域の課題マップ作成など)は、主観的な側面を捉えるのに有効ですが、客観的なデータと組み合わせることで、より多角的かつ実証的な分析が可能になります。
政策への応用と議会・住民への説明
客観的ウェルビーイング指標を活用して設定したSDGs地域目標は、自治体の総合計画や個別計画における具体的なKPI(重要業績評価指標)として位置づけることができます。これにより、計画の実行段階での進捗管理が容易になり、目標達成に向けた施策の効果を定量的に把握できるようになります。
例えば、「子どもの貧困率削減」をSDGs地域目標の一つとした場合、関連する指標として「一人親世帯への給付金支給件数」「子ども食堂の利用者数増加率」「無料学習支援利用者の学力向上率」などを設定し、これらの客観的な数値目標に基づいて施策の進捗や効果を評価することができます。
また、これらの客観的なデータや指標を用いた分析結果は、議会への報告資料や住民向けの説明会、広報資料などに活用することで、政策の透明性を高め、住民の理解と協力を得る上で非常に有効です。「データによれば、この地域の高齢者の健康寿命は〇歳であり、これは他地域と比較して〇歳低い状況です。この課題に対応するため、フレイル予防プログラムを導入し、〇年後までに健康寿命を〇歳まで延伸することを目指します。」といった形で、具体的な数値を示すことで、説得力のある説明が可能になります。
まとめ:客観的指標によるSDGs推進の実効性向上
自治体におけるSDGs推進は、地域の持続可能な発展と住民のウェルビーイング向上という重要な二つの目標を結びつける取り組みです。この取り組みをより実効性のあるものとするためには、抽象的な目標に留まらず、客観的なデータに基づいた現状把握、測定可能な目標設定、そして効果の検証が不可欠です。
客観的ウェルビーイング指標は、まさにこのプロセスを支える強力なツールとなります。既存の統計データを最大限に活用し、必要に応じて新たなデータ収集も視野に入れながら、地域の特性に合った客観的指標を選定・測定することで、SDGsの地域目標達成に向けた取り組みをより具体的かつ効果的に推進できると考えられます。これにより、議会や住民に対する説明責任を果たしつつ、真に地域の実情に即した政策立案・実行が可能となり、持続可能でウェルビーイングの高い地域社会の実現に貢献していくことが期待されます。