自治体における客観的ウェルビーイング指標データ収集:アンケート設計と実施のポイント
はじめに
地域のウェルビーイング向上を目指す自治体にとって、現状を正確に把握し、政策効果を測定するための客観的なデータは不可欠です。既存の統計データや公的機関が公表するデータも重要な情報源ですが、特定の地域や住民層に特化したきめ細かいデータを収集するためには、独自にアンケート調査を実施することが有効な手段の一つとなります。
しかし、効果的なアンケート調査を実施するためには、単に質問項目を並べるだけでなく、設計段階からデータ収集、分析、活用に至るまで、様々なポイントを押さえる必要があります。本記事では、自治体が客観的ウェルビーイング指標に関連するデータをアンケートで収集する際の設計と実施における重要な考慮事項について解説します。
1.アンケート調査の目的と目標の明確化
アンケート調査を開始する前に、最も重要なのはその目的と目標を明確にすることです。「なぜこのデータを収集するのか」「このデータで何を明らかにしたいのか」「収集したデータを何に活用するのか」といった点を具体的に定義します。
客観的ウェルビーイング指標に関連するアンケートであれば、例えば以下のような目的が考えられます。
- 特定の地域のインフラ利用状況(公園の利用頻度、公共交通機関へのアクセス時間など)を把握し、地域格差を特定する。
- 住民の健康習慣(運動頻度、食生活など)に関する客観的なデータを収集し、健康増進施策の効果測定のベースラインとする。
- 地域活動への参加状況(ボランティア参加率、自治会活動への関与など)を数値化し、社会関係資本の現状を把握する。
- 住環境(騒音レベル、緑視率など)に関する客観的な情報を補完するデータを住民の視点から収集する。
目的が明確になることで、収集すべきデータの種類、対象者、質問項目、分析方法などが定まり、調査全体の方向性がブレなくなります。
2.客観的ウェルビーイング指標と質問項目の設計
アンケート調査で客観的なデータを収集するためには、質問項目の設計が鍵となります。主観的な「満足度」や「幸福度」を問う質問も重要ですが、客観的な指標に紐づく具体的な行動や状況に関する質問を盛り込む必要があります。
客観的な側面を問う質問の例
- 健康に関する客観的なデータ:
- 「この1週間で、1日あたり平均何分程度、運動を行いましたか?」
- 「年間の健康診断または人間ドックの受診頻度はどれくらいですか?」
- 「普段、外出する際に利用する主な交通手段は何ですか?」
- 社会関係に関する客観的なデータ:
- 「この1ヶ月間で、友人や近所の方と個人的に交流する機会はどれくらいありましたか?(例:食事、電話、メールなど)」
- 「地域のボランティア活動や市民活動に現在参加していますか?(はい/いいえ)」
- 「お住まいの地域の自治会や町内会の集まりに、この1年間で何回程度参加しましたか?」
- 住環境に関する客観的なデータ:
- 「ご自宅から最寄りの公園までの距離は、徒歩でおおよそ何分くらいですか?」
- 「ご自宅から最も近いスーパーマーケットまでの距離は、徒歩でおおよそ何分くらいですか?」
- 「自宅周辺の道路や公共空間の清掃状況について、どの程度満足していますか?(これは主観的だが、清掃状況に関する客観的な事実(清掃頻度など)を質問することも可能)」
質問設計の原則
- 具体性: 曖昧な表現を避け、具体的かつ明確な質問を作成します。例:「よく運動しますか?」ではなく「1週間あたり合計で何分運動しますか?」
- 単一性: 一つの質問で複数のことを同時に問わないようにします(ダブルバーレル質問の回避)。
- 客観性: 回答者の主観に左右されにくい、事実や行動に関する質問を意識します。
- 平易性: 専門用語は避け、回答者が誰でも理解できる平易な言葉を使用します。
- 網羅性: 回答の選択肢は漏れがなく、かつ重複がないように設定します。
- 配置: 質問は論理的な順序で配置し、回答者の負担を軽減します。個人的な質問やデリケートな質問は後半に置くなど配慮します。
3.対象者の選定とサンプリング
誰にアンケートを依頼するのか、対象者の範囲とサンプリング方法を決定します。全住民を対象とするのか、特定の年齢層や地域に限定するのか、目的に応じて検討します。
- 全数調査: 対象となる集団全員にアンケートを配布します。費用と労力がかかりますが、精度の高いデータが得られます。
- 標本調査: 対象となる集団の一部を抽出し、アンケートを配布します。統計的な手法を用いて、抽出された回答から全体の傾向を推測します。無作為抽出など、標本が母集団を代表するように注意が必要です。
自治体のアンケート調査では、住民基本台帳などを活用した無作為抽出が一般的です。抽出方法によってデータの信頼性が大きく左右されるため、専門家のアドバイスを求めることも検討してください。
4.調査方法の選択と実施
アンケートの配布・回収方法には様々な選択肢があります。
- 郵送調査: アンケート用紙を郵送し、返信用封筒で回収します。幅広い層にアプローチ可能ですが、コストがかかり、回収率が課題となることがあります。督促状を送るなどの工夫が必要です。
- オンライン調査: ウェブサイトやメール、QRコードなどを利用してオンラインで回答を得ます。コストを抑えられ、集計が容易ですが、インターネット環境やデジタルリテラシーに依存します。
- 配布・回収調査(手渡し): イベント会場や公共施設で配布し、その場で、または後日回収します。特定の場所に集まる人々が対象となります。
- 調査員による面接調査: 調査員が対象者を訪問または指定の場所に招き、対面で質問します。複雑な質問も可能で回収率も高いですが、費用と時間が非常にかかります。
複数の方法を組み合わせるハイブリッド調査も有効です。対象者の特性や予算、期間などを考慮して最適な方法を選択します。
5.実施上の注意点と倫理的配慮
アンケート調査を実施するにあたっては、回答者の協力が不可欠です。以下の点に配慮することで、回収率の向上や信頼性の確保に繋がります。
- 依頼文の丁寧さ: 調査の目的、協力をお願いする理由、調査によって何が明らかになるのか、回答にかかる時間などを明記し、誠実に協力を依頼します。
- 個人情報の保護: 収集したデータがどのように管理され、プライバシーが保護されるのかを明確に説明します。匿名回答を原則とし、個人が特定されるデータの取り扱いには細心の注意を払います。個人情報保護法や各自治体の条例を遵守します。
- 回答の任意性: 回答は任意であること、回答しないことによる不利益がないことを明確に伝えます。
- 結果の公表: 調査結果をどのように公表するのか、住民にフィードバックする機会があるのかなどを事前に告知することも、協力促進に繋がります。
- 多言語対応: 必要に応じて、外国語でのアンケート用紙やオンラインフォームを用意します。
6.データ集計と分析、そして既存データとの連携
収集したデータは、目的に沿って集計・分析します。単純集計(各質問の回答割合など)、クロス集計(複数の質問項目を組み合わせて集計)、多変量解析(質問項目間の関係性を分析)など、様々な手法があります。
また、アンケートで収集したデータは、既存の自治体統計データや国の統計データと連携させることで、より多角的で深みのある分析が可能になります。例えば、アンケートで得られた健康習慣に関するデータと、既存の年齢別人口データや医療費データを組み合わせることで、特定の年代の健康課題や医療費への影響を考察できます。連携のためには、地理情報システム(GIS)を活用して地域ごとのデータを重ね合わせたり、共通のコードや属性情報を用いてデータを統合したりする技術的な検討も重要です。
7.まとめ
自治体における客観的ウェルビーイング指標のデータ収集において、アンケート調査は既存データを補完し、地域の実情に即した詳細な情報を得るための強力なツールです。目的の明確化、客観的な質問設計、適切な対象者選定と実施方法の選択、倫理的配慮、そしてデータ分析と既存データとの連携は、質の高いデータを収集し、それを効果的に政策に活かすための重要なステップとなります。
アンケート調査は、実施して終わりではなく、得られたデータをどのように分析し、地域のウェルビーイング向上に繋がる政策立案や評価に活用していくかが最も重要です。本記事で解説したポイントが、自治体職員の皆様がデータに基づいた地域づくりを進める一助となれば幸いです。